櫻の樹の下で―不良品―
「何だか、変な事になった・・・。」と、気づいた時には遅かった。
島津はオレの手を握ったままオレを宥めては褒めを延々繰り返し、それでも「OK」しないオレに業を煮やしその矛先をボスと榊に向け、泣き落とし、いや半脅迫に掛かったのだ。
「私は、OKが出るまで帰りません。こんな事もあろうかとちゃんと、お泊りセットも用意してきました。」足元のボストンバッグを自慢げに指差す。
「・・・マジっすか。」
流石に余りの島津の執念にも似たしつこさに観念した榊は
「協力してやれよ。今はメンテナンスに訪れている4号機2体のみだし。こっちはボスと研究生がいれば大丈夫だから。」
それに続いてボスも
「そうですよ。武藤教授。警察に捜査協力なんて経験は、今後の研究の役に立つかもしれませんよ。」ゲンナリしてそう言う。
どんな役に立つんだよ?と、ツッコミ入れたいが、ボスも榊も早く、島津を追い帰したい一心でボケてはくれないだろう。
その後、榊がオレにこっそりと
「それに、美人の高校生が『武藤教授を』とご指名なんだろ。」どうやら榊は、事の成り行きをすっかり楽しんでいるようだ。
「ご指名て・・・。オレは、ホストじゃないぞ。」怒るオレに
「見た目はそのまんまだが。いいね~。モテる男は。」と、嫌味っぽく榊は言う。が、
いや・・・榊。その言葉、毎週末毎、女をとっかえひっかえのおまえにそっくりそのまま返したいよ。
「武藤教授。協力して頂けますよね。」島津に念を押すように問いかけられた。
もう既に、ボスも榊も島津もオレの「OK」以外の言葉は聞き入れてくれそうにない状況だ。
三人に追い詰められた可哀想なオレは「はい。」と返事するしかなかった・・・。
二日後―。
オレは警視庁特別捜査班の狭い応接室の硬いソファーに腰掛けていた。
目の前には、捜査班の島津班長と時任少年がいる。
「今回の件お引き受け頂いて、本当に有難うございます。」
島津班長はニコニコ顔で続ける。
「時任くんと教授が協力してくれるなんて、もう既に事件解決したと言っても過言ではありませんよ。」
オレは、言葉も無く苦笑する。やれやれ・・・。
ふと、目線を島津から時任少年に向けると、彼は初めて逢ったときと同じきつい瞳でオレを見つめていた。
(・・・何か睨まれてるみたいだな。)そして、考える。
あ?オレはもしかして、嫌われているのか?
え!知らない間に恨まれてたとか?
なら何で嫌ってるオレとなら捜査するなんて言ったんだ?
いや、きっと、彼は本当は捜査に協力するのが嫌で、オレなら絶対「NO」と言うだろうと初めて逢った時そう踏んでたのかもな。それで、口から出任せオレの名を島津に告げたんだな。
そう勝手に結論付けた。反面、ガッカリする。
そりゃあ、ガッカリもするさ。オレはあれからずっと、彼の記憶を繰り返し思い出していたんだから。
けど彼の方は、オレのことなんて、頭の隅にもなかったろうな。
彼の瞳を見つめ返してそう思う。
小さいテーブルを挟んで見る時任少年の瞳は綺麗に澄んでいて、睨まれても嫌な感じはしない。
時折、窓に掛かったカーテンの隙間から入る光でその瞳が反射した時、黒い宝石みたいに輝いて見える。むしろ、ずっとこのまま見つめていて欲しいくらいだ。
「どうしたんです?二人とも、さっきから無言で見詰め合って・・・。何かこの場が、お見合いの席にでもなった感じがしますね~。」
若い者はいいです。羨ましい。と、島津は冗談まじりに笑って言った。
それに釣られてオレも笑ったが、時任少年は照れてしまったのか首まで赤くなって、俯いてしまった。
ああ。残念。もっと、見ていたかったのに・・・。
多分、オレは榊の言うように時任少年に興味があるのだろう。
今まで、何にも興味を持たなかったこのオレは、時任少年のことをもっと、知りたい、もっと、近くに感じていたいと素直にそう思っている。
これは、人間でいうなら「好き」とか「恋」や「愛」って、感情だろうか?
オレの武藤(基)が、妻の美紗子にずっと抱いていた感情。
オレ(5号)は、その感情を美紗子に持てずに彼女に「武藤じゃない。」と言われた。それははっきり、武藤5号は不良品だと告げられたようなものだった。
それから今まで、オレ(5号)の何が不良品なのか、理解出来ずにいた。
武藤(基)と何から何まで瓜二つのオレ(5号)。皆が皆、オレを見て成功だと言ったのに、彼女だけは「違う」と言った。
でも今なら解る。多分・・・。
オレには、「愛」が無かった。心が無かった。
彼女の目には、武藤5号は、頭の中でだけ理解して、記憶の中の言葉を繰り返すだけのロボットに映っただろう。
もっと、早く気が付いていたら・・・。彼女がせめて、逝く前に・・・。
そしたら、彼女にもっと生きた言葉をあげれたか?
「愛していたよ。」と、心からそう言えたか?
多分、言えなかったろうな。記憶の中では理解してても、心が付いていかなかったろう。
オレ(5号)は、武藤(基)が彼女のために作ったクローンだ。
でも、武藤 将平と同じ感情は持てない。
なら、オレの持つ時任少年に対する感情は、何処からくるのだろう?
武藤 将平とそっくり同じ容姿、肉体、記憶を持ちながら美紗子に対する感情を、時任少年に持つなんて・・・。
「やっぱ、オレは不良品だな。」
俯いたままの時任少年から、目を離すことも出来ずに心の中でそう呟いていた。
―つづく―



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